福井県の冬の銘菓!|「水ようかん」とは?由来や歴史を調べてみた!!

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福井県の冬の銘菓といえば水ようかんです。
福井県民以外の方は信じられないかもしれないですが、みなさんが冬にこたつに入ってみかんを食べるように、福井県民は冬にこたつに入りながら冷たい水ようかんを食べるのが大好きです。福井の水ようかんについて知らない方に向けて水ようかんの由来や歴史についてお伝えしていきますね!

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水ようかんって?

冬になるとおこた(こたつ)に入って食べるものといえば、福井の冬の銘菓「水ようかん」です!
「水ようかん」って聞いたら、普通はどの季節を思い浮かべますか?皆さん大体はお中元などで戴く水ようかんを想像するのではないでしょうか??
福井では水ようかんを『冬』に食べる風習があります。
皆さんの想像している羊羹のイメージを裏切るような水分たっぷりでとろけるような柔らかさと甘さが絶品なんです!私は生まれも育ちも福井の為、大人になるまで全国民が冬に水ようかんを食べると思っていました…。
箱のデザインや味のバリエーションもお店によってさまざまで、みんなで水ようかんの食べ比べをして、各お店のこだわりの味に舌鼓をうつのが楽しみの1つですね。
「水ようかん」は、福井の食文化を支えてきた代表的な街の風物詩の1つになっております。

水ようかんの由来

福井の水ようかんは別名「丁稚ようかん」とも言われております。福井の大野地方では「丁稚ようかん」と言うことが多いみたいです。
大正〜昭和の丁稚奉公の時代からずっと、庶民の味として親しまれてきました。

水ようかんの発生の由来は諸説あるようで、
(京都に)奉公に来ている丁稚が(福井へ)里帰りする際に持たせたことで、福井に広まったんだとか…
奉公先の練りようかんを改良して、丁稚用のようかんとして作ったのがはじまりだそうです。

色々な由来が存在しますが、今や県民の味である事に変わりは無いですよね!
実際には、京都や岐阜や滋賀などの近畿中部圏などでもようかんを冬に食べる習慣があることから、近畿圏の丁稚奉公の文化の名残なのかもしれないと言われてます。

水ようかんの歴史

☆木箱一枚流しの時代…

福井の冬の銘菓「水ようかん」の一般的な大きさは、A4サイズの高さ2センチほどの平箱いりで、蓋を開けると透明なフイルムの下に切れ目の入った水ようかんが入っているスタイルがお決まり。付属の竹ヘラで切れ目に沿ってスーッとすくって、ヘラに乗せたままつるりと食べるのがこれまた美味しい!
では、そのかたちはいつから始まったのでしょうか・・?
福井県内のお菓子に関するお店が加盟する「福井県菓子工業組合」様にお話を伺いました。
「1950年代当時は町の八百屋さんや、駄菓子やさんの軒先で、漆の木箱に流して、1枚いくら、もしくは1列すくって5円でお菓子として売られていました。昔は和菓子は一般的に高級品だったのに対し、水ようかんはコストも味も庶民の駄菓子的な存在だったようです。」
との事…

☆1960年代~現在の平箱へ…

福井の冬の銘菓「水ようかん」は店舗ごとに違う様々な個性あふれるパッケージも特徴の一つです。
「1960年代になってから、時代の流れに合わせて生産しやすい紙製に変更になったみたいです。しかもちゃんと水が漏れないように内側にアルミ箔を張り付けた深い貼り箱などもあったらしい!そして改良を重ねたのちに1970年代には現在のA4サイズの高さ2センチほどの平らな厚紙の紙箱になったという事です。なんと、当時は10枚20枚単位でひもでくくって売られていたらしく、年末年始の親戚の集まりやお酒の後の口直しなどに食べられていたみたいですね!
現在では配送しやすいようにプラスチックの容器になったり、食べきりサイズになってコンビニにも並ぶようになってきており、容器も便利なものになってきています。

まとめ

福井県民たるもの冬はこたつで水ようかんです!水ようかんを食べながら楽しいおしゃべりで一緒に時を過ごす…思い出の中で、福井人と切っても切り離せないのが水ようかんの存在です。皆さまもぜひ一度、福井県の水ようかんを食べてみて下さいね!

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